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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2689号 判決 1967年9月27日

原告

中村桂子

ほか五名

原告(反訴被告)

尻家雄次

原告(反訴被告)

協和断熱工業株式会社

右代表者

細川岩次

右七名代理人

坂根徳博

被告(反訴原告)

星野ブロツク工業株式会社

右代表者

星野政一

ほか二名

右三名代理人

有賀正明

主文

被告らは連帯して、原告中村桂子に対し金二五六万円およびうち金二三三万円に対する、同洋美に対し金三九一万円およびうち金三五六万円に対する、同二平、同浪子に対し各金五五万円およびうち金五〇万円に対する、原告船津久義に対し金一五万円およびこれに対する、原告尻家雄次に対し金二万円およびこれに対する、原告協和断熱工業株式会社に対し金二〇万円およびこれに対する、いずれも昭和四一年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告船津久義を除く原告らのその余の請求は棄却する。

反訴原告らの請求は、全部棄却する。

本訴訴訟費用はこれを一〇分して、その八を被告尾上五男、同星野ブロツク工業株式会社、同星野政一の連帯負担、その余を原告中村桂子、同洋美、同二平、同浪子、原告尻塚旗次、同協和断熱工業株式会社の連帯負担とし、反訴訴訟費用は全部反訴原告らの連帯負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

(本訴請求に関する双方の主張)

第一  当事者の求める裁判

原告ら「被告らは各自、原告中村桂子に対し金三六三万円およびうち金三一九万円に対する、原告中村洋美に対し金五五七万円およびうち金四八九万円に対する、原告中村二平、同浪子に対し各金九〇万円およびうち各金八〇万円に対する、原告船津久義(以下原告船津という。)に対し金一五万円およびこれに対する、原告尻家雄次(以下原告尻家という。)に対し金三万円およびこれに対する、ならびに原告協和断熱工業株式会社(以下原告会社という。)に対し金二五万円およびこれに対する、いずれも昭和四一年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。」との判決および仮執行の宣言

被告ら「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第二  請求原因

一、(事故の発生)

昭和四一年三月一九日午前五時ごろ、埼玉県本庄市諏訪町一二三五番地の四先道路上において、被告尾上五男(以下被告尾上という。)の運転する大型トラツク群一せ三三〇一号(以下甲車という。)と原告尻家の運転する小型トラツク神四み九五二一号(以下乙車という。)とが接触し、乙車に乗つていた訴外中村勝人(以下訴外中村という。)は即死し、原告船津、同尻家はそれぞれ負傷し、乙車は損壊した。

二、(被告尾上の責任)

乙車が正常なコースを走行してきたところ、甲車はセンターラインをオーバーして対向してきて乙車に接触した。被告尾上は甲車を運転しており、本件事故は同人の前方注視義務違反と運転操作違反の過失によつて惹起されたものである。よつて被告尾上は後記損害について民法七〇九条の責任がある。

三、(被告星野ブロツク工業株式会社の責任)

被告尾上は被告星野ブロツク工業株式会社(以下被告会社という。)の従業員として被告会社所有の甲車を運転して被告会社の業務に従事中、前記二の過失により本件事故を惹起させた。

よつて被告会社は、後記五の(十)以外の人的損害について甲車を自己のために運行の用に供していたものとして自賠法三条の責任があり、後記五の(十)の物的損害については被告尾上の使用者として民法七一五条一項の責任がある。

四、(被告星野政一の責任)

被告星野政一(以下被告星野という。)は被告会社の代表取締役であり、被告会社に代つて被告会社の事業を監督していた者として民法七一五条二項の責任がある。

五、(損害)

(一) 訴外中村の失つた得べかりし利益

訴外中村は健康に恵まれ事故当時三三才であり、原告会社に雇われ大工として安定した収入を得ていた。同社の停年は六〇才であるので同人も六〇才に達するまで同社で働きえたものといえる。同人は昭和四一年四月一日から五九才になる昭和六七年三月三一日までの二六年間大工として同社で働き、四月一日に始まり翌年三月三一日に終る毎年度、月平均金四万二九〇〇円の合計金五一万四八〇〇円の収入があるはずであり、一方同人はこの間生活費として毎年度月平均一万八〇〇〇円の合計金二一万六〇〇〇円をかけるはずであつた。よつて一年間の純収入は金二九万八八〇〇円となり、年五分の割合による中間利息を年毎ホフマン式計算法により控除して昭和四一年四月一日現在の一時払額を計算すると金四八九万円(一万円未満切捨)となり、右金額が同人の失つた利益となる。

(二) 訴外中村の慰藉料

訴外中村は本件事故によつて生きてゆく幸福を奪われ、最愛の妻子に先立つという精神的苦痛を味わつたが、右苦痛を慰藉するものとしては金一四〇万円が相当である。

(三) 原告中村桂子、同洋美の相続

原告中村桂子は、訴外中村の妻であり、同洋美は子である。よつて原告桂子は前記(一)、(二)の合計金六二九万円(訴外中村の損害賠償請求権)の三分の一に相当する金二〇九万円(一万円未満切捨)を、同洋美は三分の二に相当する金四一九万円(一万円未満切捨)をそれぞれ相続により承継した。

(四) 保険金の受領と充当

原告桂子は金三〇万円、同洋美は金七〇万円の割合でそれぞれ強制保険金を受領したので、右各金員を訴外中村の逸失利益の相続分に充当する。

(五) 原告中村桂子、同洋美の慰藉料

原告両名は訴外中村の妻、子として本件事故に基づく訴外中村の死亡により精神的苦痛を受けたので、右苦痛を慰藉するものとして各金一四〇万円の支払いを受けるので相当である。

(六) 原告中村二平、同浪子の慰藉料

原告両名は本件事故により息子を失い、その苦痛を慰藉するものとして各金八〇万円の支払いを受けるのが相当である。

(七) 弁護士費用

以上により原告桂子は金三一九万円、同洋美は金四八九万円、同二平、同浪子は各金八〇万円の損害賠償請求権を被告らに対し有するところ、被告らが任意にこれを弁済しないので、原告らはその請求のため訴訟提起のやむなきに至り、東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に対し、訴訟の提起と追行とを委任し、同会の弁護士報酬規定による報酬額の標準のうち最低料率による手数料および謝金を、第一審判決言渡日に支払うことを約した。原告らの右各請求権の合算額金九六八万円に対応する手数料および謝金の最低料率は各七分であるからこれにより計算すると手数料と謝金とを合算して原告桂子は金四四万円(一万円未満切捨)、同洋美は金六八万円(一万円未満切捨)、同二平、同浪子は各金一〇万円の債務を右弁護士に対し、本判決言渡日を支払日として負つたものであり、これも本件事故と相当因果関係ある損害というべきである。

(八) 原告船津の慰藉料

原告船津は本件事故によつて左大腿筋断裂の傷害を負い、昭和四一年七月二日までの間通算三〇日間入院し、約二カ月半通院して治療を受け、更に左大腿の切開手術を受けたことにより疼痛が生じたので同年一二月から翌年の一月に亘り一〇日間の入院と一カ月近くの通院をした。同人の蒙つた苦痛を慰藉するものとして金一五万円が相当である。

(九) 原告尻家の慰藉料

原告尻家は本件事故によつて頭部打撲、右肩刺傷等の傷害を負い、八日間入院し、一一日間通院して治療を受けた。同人の苦痛を慰藉するものとして金三万円が相当である。

(十) 原告会社の蒙つた物的損害

原告会社は本件事故によつて同社所有の乙車を修理不能といえる程度までは毀損された。同車は、昭和三九年一〇月約金五〇万円で買入れた新車であつて、事故当時の価額は金二五万円を下らなかつた。よつて金二五万円の損害を蒙つた。

(十一) 結 論

よつて原告桂子は金三六三万円、同洋美は金五五七万円、同二平、同浪子は各金九〇万円の支払いを求め、うち弁護士費用を除いた原告桂子の金三一九万円、同洋美の金四八九万円、同二平、同浪子の各金八〇万円に対して事故発生後であり、訴外中村の逸失利益一時払基準日の翌日にあたる昭和四一年四月一日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告船津は金一五万円、同尻家は金三万円、同会社は金二五万円および事故発生後である昭和四一年四月一日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  被告らの答弁

一、請求原因第一項は認める。

二、同第二項は否認する。

三、同第三項の事実中、被告尾上が被告会社の従業員で同会社の業務に従事中であつたこと、同車が同会社の所有に属することは認め、その余は争う。

四、同第四項の事実中、被告星野が当時被告会社の代表取締役であつたことは認め、その余は争う。

五、同第五項中

(一)について 損害発生は認めるが額は争う。

(二)、(三)、(五)、(六)について 争う。

(七)について 訴訟委任のあつたこと、報酬規定に関する部分は認め、その余は不知。

(八)、(九)について 不知。

(十)について 乙車がこわれたことは認め、その余は不知。

第四  被告らの免責の抗弁

一、(被告尾上の無過失)

被告尾上には本件事故について過失がない。

二、(被告会社および同星野の無過失)

被告会社は甲車の運行について注意を怠らなかつたし、被告星野は運転者の選任監督の義務を尽していた。

三、(原告尻家の過失)

原告尻家は乙車の運転操作を誤つて前方注視義務を怠つたため本件事故を惹起した。

四、(機能、構造上の無欠陥)

甲車には機能の障害も、構造上の欠陥もなかつた。

第五  過失相殺の主張

仮りに被告らに責任があるとしても原告尻家には前記の過失があり又同乗者の原告船津、訴外中村にも次のような過失があるので原告らの損害額の算定につきその事情が考慮さるべきである。

一、原告尻家は免許を受けたばかりであつて、技倆は未熟であると推認できるし、本件事故の発生した道路も地図を見て走る初めての道路であり、しかも早朝川崎を発しての夜行途上であつた。原告船津、訴外中村はその事実を知つていたのに同乗した。

二、ドアをロツクしておけば乙車が転倒した際左側のドアは開かず、少なくとも訴外中村の死亡は避けることができた筈であるのに、同人はドアのロツクを怠つた。更に甲車を現認しておれば、原告尻家に対し注意を与えることができたのにこれを怠つた。

三、右のような事実関係の下では、同乗者たる原告船津、訴外中村の請求についても原告尻家の過失をもつて、同乗車の過失と同一視し、過失相殺をなすべきである。

第六  相殺の抗弁

原告尻家および原告会社の請求については、被告らが反訴をもつて両名に請求する損害賠償請求権があるので、被告らは本訴(昭和四二年六月一四日の本件口頭弁論期日)において、原告両名の損害賠償請求権と対当額において相殺する。

第七  右第四ないし第六に対する原告の答弁

いずれも争う。

(反訴請求に関する双方の主張)

第一  当事者の求める裁判

反訴原告ら「反訴被告らは各自反訴原告らに対し、金八六八万円およびこれに対する昭和四一年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は反訴被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言

反訴被告ら「反訴原告らの請求を棄却する」との判決

第二  請求原因

一、(事故の発生)

本訴請求原因第一項と同一(ただし、船津、尻家の負傷と乙車の損壊の主張を除く。)であるのでここに引用する。

二、(反訴被告尻家の責任)

反訴被告尻家は乙車を運転していたのであるが、前方注視義務を怠り対向してくる幌付き自動車に気をとられて同車の後方より進行してきた甲車に気がつかず、幌付き車とすれ違つた直後運転操作を誤り、ハンドルを右に切つたために同車の後方から進行してきた甲車の右側面と乙車とを接触させ本件事故を惹起したのであつて、訴外中村の死亡による損害につき、同人は民法七〇九条の賠償責任がある。

三、(反訴被告会社の責任)

反訴被告会社は反訴被告尻家の使用者であり、同人の乙車運転は会社の事業執行であつたのであるから、反訴被告会社は乙車の連行供用者として、前項の損害につき賠償責任がある。

四、(損害)

本件事故により訴外中村が死亡し、その妻中村桂子、同長女洋美、同父二平、同母浪子は本訴(拡張前の請求)において、左記の如き損害賠償の請求をしてきた。

(一) 中村桂子は金三二六万円およびうち金二八六万円に対する、

(二) 中村洋美は金四八〇万円およびうち金四二二万円に対する、

(三) 中村二平、同浪子は各金九〇万円およびうち八〇万円に対する、

それぞれ昭和四一年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による損害金。

而して反訴原告らはその責任の有無およびその責任の範囲を争つているものであるけれども、仮りにその抗弁や過失相殺の主張が理由なしとすれば損害賠償義務を負つていることになり、これは右事故により反訴原告らに生じた損害であるといわねばならない。

第三  反訴被告らの答弁

一、請求原因第一項は認める。

二、同第二項の事実中、反訴被告尻家に過失があつた点は否認し、その余は認める。

三、同第三項の事実関係は認める。

四、同第四項は否認する。

第四  反訴被告会社の免責の抗弁

反訴被告尻家にも反訴被告会社にも乙車運行について過失なく、事故は反訴原告尾上の過失によつて起つたものである。また甲車には構造の欠陥、機能の障害はなかつた。よつて反訴被告会社には賠償責任はない。

第五  右に対する反訴原告らの答弁

右事実は否認する。

(証拠関係)<略>

理由

第一  共同不法行為の事実の認定

一、本訴および反訴の各請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

二、本件の最大の争点は、甲車と乙車との衝突が、どのような経過を辿つて起つたかに関する双方の主張の対立にあるので、まずこの点を証拠により認定し、然る後、本訴・反訴の判断に及ぶこととする。

三、<証拠>を総合すると、次のような事実が認められる。

(1)  事故現場は高崎から熊谷方面に至る国道一七号線(幅員約九・五米でセンターラインの表示がある。)路上であり、甲、乙両車の衝突地点は高崎方面に至る道路(以下下り線という。)上であり、道路端の白線から約三米(センターラインからは約一・三米)の地点である。

(2)  事故直前、原告尻家は乙車を運転して下り線のセンターライン寄りの部分を時速約五〇粁の速度で現場に向つて進行し、被告尾上は、熊谷方向に至る道路(以下上り線という。)を走行していた。

(3)  甲車は、(法定制限速度を越える)時速五五粁ないし六〇粁の速度で先行する二台の車を追い越し、更にその前の三台目の小型車をも追い越そうとしてセンターラインを跨ぎ車体の右半分を下り線に入れた。この時三台目の車の前には、その車を追い越したばかりの幌付大型車が走つていた。また被告尾上は、この時遠方に下り線を走つてくる乙車の前照灯を認めたが、乙車とのすれちがい前に追越しを完了できると判断して、そのまま走行した。

(4)  乙車の運転者である原告尻家は、既に二〇〇米も前方から、下り線に入つて追越しをしている車を認めていたが、それは前段の幌付大型車であつた。この幌付車はやがて追越しを終つて衝突地点の五〇米程手前で上り線に復帰し、衝突の直前乙車とすれ違つた。

(5)  衝突地点の三八米程手前で甲車は三台目の車と平行した。この時下り線を近づいてくる乙車の速度から、被告尾上は多少の危険を感じたが、自車がセンターラインを跨いでいることから、その右側を乙車が通り抜ける余地ありと判断してそのまま進み、更に衝突地点から一〇米程に接近して、危険を感じて後<反証―排斥>ブレーキを操作すると同時にハンドルを左に切つたか及ばず衝突した。

(6)  これに反して、乙車の原告尻家本人は、「甲車に気付かなかつた。幌付車とのすれ違いの直後、甲車の前照灯に眩惑され、そのまま衝突した。」と供述している。

(7)  そして、甲車の荷台の右側部分と乙車の右前部とが激突し、乙車は左に傾斜しつつ同地点から一八・八米離れた高崎寄りの上り線内の地点まで滑走して左に横転して停止したが、その間、乗つていた訴外中村、原告船津、同尻家らは、運転席左側のドアが衝突後開いたためこぼれ落ち、それぞれ死亡し、傷害の結果を見ることになつた。

(8)  なお、乙車のブレーキホースは衝突の際の衝撃でフロントアクセルが後退したため切れ、衝突後乙車のブレーキは利かなくなつていた。従つて、衝突地点から停止地点までの間に存した路面上の痕跡は、いわゆるスリツプ痕と認めることはできないが、左に傾きながら走つた時車体の一部が擦れて生じた痕跡<反証―排斥>と見ることができ、この事実は前認定と矛盾するものではない。

四、以上の認定に基いて、甲車・乙車の運転者の過失を考えるに、

(1)  甲車の被告尾上は、追越しにかかつた際すでに前方に乙車を発見しながら、その追越しを継続した点で、安全運転の義務に違反したといわねばならない。けだし、追越しに際しては道路の交通状態を見きわめ、安全を確認した上でなすべきであつて、夜間で各車とも相当の速度を出していること、乙車の車幅を確認できないことなどから、乙車を発見したときその時点での追越しを一応中止すべきであつたのに漫然センターラインを跨いだままの進行を継続したことが、本件事故の主なる原因であつたと言えるのである。

(2)  然しながら、乙車の原告尻家にも過失があるというべきである。先に判示したように、同人は、甲車の前に幌付車が進み、甲車は背後に隠れて全く認められなかつた旨供述しているのであるが、乙車は幌付車とは無事にすれ違つているのであるから、甲車が衝突の瞬間上り線から下り線の方に出て来たというわけでなく、既に衝突地点前数十米にわたつてセンターラインを跨いでの走行をして来ている以上、幌付車が上り線に復帰して後の甲車の運転者が認めえない筈がないのである。幌付車の蔭にあつた甲車を乙車運転者が認めえた筈の時点における両車の相対速度は、前認定から時速一一〇粁であり、すなわち毎秒三〇米で両車が接近するのであるから、幌付車が退いて甲車が現れた時点から衝突まで二秒程度は存した筈である。従つて、原告尻家がその供述どおり、衝突直前甲車の前照灯を浴びるまで甲車に気付かなかつたとすれば、前方注視の義務に違反したものと言うの外なく、もし気付いていたとすれば、適切な処置を取らなかつたことにおいて、遺憾な点があるとせねばならない。けだし、衝突地点は下り線道路端から三米の間隔があり、乙車の車幅は一・六九米であり、左側には他の車がなかつたのであるから、左にハンドルを切れば十分にすれ違いの余地はあつたのであり、衝突が甲車の荷台右前角との接触であつた点から見ても、僅か左に寄るだけで衝突は回避しえた筈であつた。二秒という時間を仮りに基準としても、それだけのハンドル操作は可能であつたと考えられる。この点において、原告尻家にも事故発生に寄与した過失があるといわざるを得ない。

(3)  そして、甲車の被告尾上と、乙車の原告尻家との、本件事故発生に対する過失の割合は、上記諸事実に照し、八対二と見るのが相当である。従つて、右両者は、後記認定の訴外中村の死亡に因る損害賠償に関しては、共同不法行為者として責任を負うものといわなければならない。

第二  本訴請求について

一、(被告尾上の責任)

本件事故により死亡した訴外中村の遺族である原告中村桂子ほか四名、負傷した原告船津、同尻家、乙車を損壊された原告会社が、甲車の運転手である被告尾上に対して、その損害の賠償を請求しうることは、前段に判示したところから明らかである。

二、(被告会社の責任)

次に、被告尾上が被告会社従業員であり、同人の乙車運転が被告会社の業務執行であつたことは、当事者間に争いがない。

よつて被告会社は後記六、(十)認定の物的損害については使用者として、後記六、(十)以外の人的損害については乙車を自己のために運行の用に供していた者として免責の抗弁が成立しない限り賠償責任がある。

三、(被告星野の責任)

被告星野が当時被告会社の代表取締役であつたことは当事者間に争いがない。<証拠>によれば次の事実が認められる。

被告会社はコンクリートブロツクの製造、販売を業とする資本金二〇〇万円の会社で、従業員は常時約三〇名(運転手約一二名)おり、トラツク六台、その他の車四台を所有し、同社の株式はすべて被告星野名義となつており、同会社の自動車の運行管理および運転関係従業員の選任はもとより、これに対する交通安全教育、指導および業務上の監督はすべて同人と総務の訴外丸山とか担当しており、被告星野は毎日出社して仕事していた。

右のような事実関係の下においては、被告星野は被告会社に代つて事業の監督をしていた者ということができ、同人は民法七一五条二項により選任監督上の義務を尽していたことを証明しない限り、後記損害について賠償責任がある。

四、(被告会社および同星野の免責の抗弁)

甲車運転者である被告尾上には前記認定のとおりの過失があるのでその余の判断をするまでもなく被告会社主張の免責の抗弁は採用しえない。また<証拠>によると、被告会社では昭和四〇年三月ごろ被告尾上を知人の紹介により採用したがその際運転経歴を調べたら違反歴が二、三回あり事故歴に小さい事故が一度あつたこと、採用後慎重を期し助手を半年以上させたのち運転手にしたこと、また安全運転の遠足、講習会、無事故競争を行わせて安全運転の指導をしていたことが認められるが、右事実をもつてしても被告尾上の過失と対比すると十分な監督がなされていたとは認められない。

五、(過失相殺)

(一)  原告尻家が本件事故発生について過失があつたことは前段判示のとおりであり、これは同人の損害に対する被告らの賠償額の算定についても斟酌すべきである。控除すべき割合は、前示共同不法行為者としての過失割合と同じに見て二割を相当とすると考える。

(二)  被告は、原告船津、訴外中村にも被害者として過失があつたと主張しているが、原告尻家の供述(第二回)によれば、同人は昭和四〇年一〇月第一種大型免許を取得し、事故前五カ月間の経験を有し、昭和四一年一月から原告会社に運転手として雇われて以来ずつと乙車を運転していたのであつて被告主張のように運転未熟と推認することはできない。そうだとすると国道一七号線を同人が走るので初めてであつたこと、夜間の走行であつたことを原告船津、訴外中村が知つていたからとて何ら非難されるべきことではない。また本件証拠によるも甲車の左側のドアがロツクされていたか否かを断ずることはできないが、特別の事情のある場合は別として一般にドアを必ずロツクしておく義務を認めることはできない。本件事案では特別にドアをロツクしておくべき事情は見当らない。更に、同乗者としての注意義務も、バスの車掌等運転者の補助を業務とする同乗者については格別、一般に、同乗者に運転者同様の注意義務があるとは言えない。結局、被告の原告船津、訴外中村についての過失相殺の主張は理由がなく採用することはできない。

六、(損害)

(一)  訴外中村の失つた得べかりし利益

<証拠>によれば訴外中村は昭和七年一〇月二一日生まれで、事故当時満三三才であつたことが認められる。裁判所に顕著な第一〇回生命表の数値によれば三三才の男子の平均余命は三七・〇四年であり、原告会社代表者本人の尋問の結果によれば訴外中村は健康な男子であつたこと、原告会社の停年は六〇才であることが認められる。大工左官等の職人が六〇才位まで一人前に稼働することは世間で普通に見られることであり、同人も本件事故に遇わなければ停年まで原告会社で働きえたものと推測される。

<証拠>によれば、訴外中村が昭和四〇年度一箇年間に受け取つた賃金実額(総支給額から交通費を除いたもの)の月平均は金四万二九〇〇円を下らなかつた事実が認められる。同人の収入は今後働き続けえたとした場合上昇することはあつても下降することはないものと推認されるので、今後とも月平均金四万二九〇〇円の収入は確保しえたものと考えられる。

ところで右収入を得るために必要な同人の生活費としては、原告の自認する金一万八〇〇〇円を越えると認めうる証拠もないので、これを同人の生活費と認めることとし、前記収入額から控除して一箇月当りの純収入を計算すると金二万四九〇〇円となり一箇年の総額は金二九万八八〇〇円となる。

そうすると訴外中村は本件事故後停年までの二六年間に亘つて毎年度末(三月三一日)に右金額の得べかりし利益を失つたというべく、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して事故時におけるその一時払額を求めると金四八九万円(一万円未満切捨)となる。

(二)  訴外中村の慰藉料

原告桂子、同洋美は死亡した被害者がその生命を害されたことによつて蒙つた精神上の損害に対する慰藉料請求権を原告らが相続した旨主張する。しかしながら、当裁判所は、被害者が自身の死亡により取得する慰藉料請求権なるものは、これを認むべきでないと考える。けだし、「死亡により発生すべき権利を生存中に取得する」という観念自体矛盾を含むばかりでなく、民法七〇九条ないし七一一条を総合的合理的に解釈する場合、七一一条に独自の存在理由を認めるためには、生命侵害については同条のみが適用を見るもの、すなわち、遺族(同条所定の者およびこれに準ずる者)がその精神的損害につき慰藉料請求権を取得するに止まり、被害者自身が自己の生命侵害による精神的損害に対して七一〇条により賠償請求権を取得することはないもの、と解する外ない。被害者遺族の保護という観点からも、七一一条による固有の慰藉料を十分に算定すれば、その他に更に死者自身の取得した慰藉料請求権の相続を重複して認める必要はないというべきである。従つて、原告らが訴外中村の慰藉料請求権を相続したとの主張は理由がない。

(三)  原告桂子、同洋美の相続

<証拠>によれば、原告桂子は訴外中村の妻であり、同洋美は子であつて、その他には子がないことが認められる。

従つて原告桂子は訴外中村の死亡により前記(一)の訴外中村の逸失利益に対する賠償請求権の三分の一に相当する金一六三万円を、同洋美は三分の二に相当する金三二六万円をそれぞれ相続により承継したことになる。

(四)  保険金の受領と充当

原告桂子は金三〇万円、同洋美は金七〇万円の割合でそれぞれ強制保険金を受領したことを自認するので、右各相続分に充当すると原告桂子の残額は金一三三万円、同洋美の残額は金二五六万円となる。

(五)  原告桂子、同洋美の慰藉料

<証拠>によると、原告桂子は、昭和一三年に生れ、訴外中村と昭和三七年三月に結婚し、昭和三八年に原告洋美をもうけ、訴外中村の収入で平穏に暮していたものであること、本件事故により原告らは、突然最愛の夫と父とを失い、原告桂子は、その後実家の厄介になり働きに出ているが思うようにできないことが認められ、本件事故によつて原告らが多大の精神的苦痛を蒙つたことは明らかで右苦痛を慰藉するものとしては、原告両名各金一〇〇万円の支払いを受けるのが相当である。

(六)  原告二平、同浪子の慰藉料

<証拠>によれば、原告らは訴外中村の父、母で、農業に従事し、三男四女の子があり、訴外中村は長男であつたことが認められる。本件事故によつて原告らは突然息子を失つてしまつたのであつて、精神的打撃を受けたと推認され、右精神的苦痛を慰藉するものとして原告両名各金五〇万円の支払いを受けるのが相当である。

(七)  弁護士費用

以上により被告ら各自に対し原告桂子は右(四)、(五)の計金二三三万円、同洋美は右(四)、(五)の計金三五六万円、同二平、同浪子は右(六)の各金五〇万円の損害賠償請求権を有するものというべきところ、被告らがこれを任意に弁済しないことは弁論の全趣旨により明らかであり、原告らがその請求のため東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に対し訴訟の提起と追行とを委任したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告らは同弁護士に対し右委任に基づく報酬として、成功額を基準に東京弁護士会の弁護士報酬規定による報酬額の標準のうち最低料率による手数料および謝金を、第一審判決言渡日に支払う旨約したこと、右報酬規定による右原告らの右各請求認容額の合算額金六八九万円に対応する手数料および謝金の最低料率は各七分(合計一割四分)であることが認められ、これによれば手数料と謝金とを合わせて原告桂子は金三二万円(一万円未満切捨)、同洋美は金四九万円(一万円未満切捨)、同二平、同浪子は各金七万円の債務を、右弁護士に対し本判決言渡日を支払日として負うことになつたと認められるが、本件事案の難易、前記請求認容額その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、このうち本件事故に基づく原告らの損害として被告らに賠償させるべき金額は原告桂子につき金二三万円、同洋美につき金三五万円、同二平、同浪子につき各金五万円をもつて相当とすると認められる。

(八)  原告船津の慰藉料

<証拠>によれば、同人は原告主張の傷害を負い、治療を受けた事実が認められ、その蒙つた精神的、肉体的苦痛を慰藉するものとして金一五万円の支払いを受けるのが相当である。

(九)  原告尻家の慰藉料

原告尻家本人の尋問の結果によれば、同人は原告主張の傷害を負い治療を受けた事実が認められ、同人の蒙つた精神的、肉体的苦痛を慰藉する金額としては、前記同人の過失も斟酌した上、金二万円を相当と認める。

(十)  原告会社の蒙つた物的損害

<証拠>によれば、乙車はほとんど修理不能(仮りに修理したとしてもその費用は相当高額になつて修理価値がない状態)であることが認められ、<証拠>によると、乙車の事故当時の価額は金二五万円を下らなかつたものと認められる。ところで、原告尻家には前記のとおり、乙車運転者として本件事故発生につき過失が認められるのであり、この過失は、原告会社が乙車所有者として蒙つた損害の賠償額算定についても斟酌すべきものである、よつてこれを斟酌し、賠償額は金二〇万円をもつて相当と認める。

(十一)  (相殺の抗弁)

被告らは、原告尻家および原告会社の請求に対し、反訴を以て請求した額につき相殺を主張している。然しながら、右原告らの請求は不法行為債権であるから、これに対する相殺の主張は、民法五〇九条により許されない。もつとも、同一の事故により両者が相互に損害賠償請求の権利者となり義務者となる場合には、右法条の精神に鑑み、例外的に相互の債権債務につき相殺を許しうる場合があるが、後記判示のように、本件反訴の訴旨は、反訴原告らが本件事故の直接の被害者であることに基づく不法行為損害賠償請求権の主張でなく、反訴外中村桂子から賠償請求を受けその賠償義務を負担することを以て損害とするものであつて、結局、共同不法行為者に対する求償権の行使の主張と解されるべきものであるから、右の例外に従うことを得ず、相殺の抗弁は、反訴請求に関する判断の結果をまつまでもなく、採用に由ない。

第三  反訴請求について

一、(反訴被告尻家の責任)

本件事故により死亡した訴外中村の遺族である反訴外(本訴原告)中村桂子ほか四名が、同人の死亡による損害につき、反訴原告らのみならず、乙車の運転者である反訴被告尻家に対しても賠償を請求しうることは、先に判示したところから明らかである。

二、(反訴被告会社の責任)

反訴被告会社が乙車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、前認定のように反訴被告尻家に運転者として過失が認められる以上、反訴被告会社の主張する免責の抗弁もこれを採用するに由ない。従つて、反訴被告会社には訴外中村の死亡に基づく損害につき自賠法三条の賠償責任があり、その責任の範囲は運転者である反訴被告尻家と同一であつて、結局反訴被告らは、それぞれ、反訴原告らに対して共同不法行為者の関係に立つと言わねばならない。

三、(反訴訴旨)

(一)  ところで、本件反訴請求は、反訴原告らが本訴被告として反訴外中村桂子らに対し賠償の義務を負担すべき額の一部につき、共同不法行為者たる反訴被告らに対して求償権を行使するものと解すべきである。けだし、反訴原告らは、「本件事故の発生が反訴被告尻家の一方的過失による」ものなることを前提しつつ、然るにもかかわらず、「反訴原告尾上の過失による」と認定せられる場合を予想して、その場合負担することとなる賠償義務の負担を以て反訴被告尻家の不法行為によつて蒙つた損害であるとするもののようであるが、もし右の前提が肯定されれば反訴被告らが賠償義務を負担するという損害は発生する余地がないので、別訴によつて過失の認定が別異となる場合を考えれば格別、反訴として本訴と同一の手続によつて判断される限り、過失の主張において自家撞着があつて、主張自体失当たるを免れない。これを意味ある主張として見るには「反訴原告尾上にも反訴被告尻家にも過失がある」との事実関係を前提としての主張と解するほかないが、一般に丙に対する共同不法行為者甲、乙の相互間にもこれにより同時に不法行為の成立する場合、甲が、自己の直接の被害でなく、共同不法行為者の一人として丙に対し負担すべき賠償義務を以て乙の自己に対する不法行為による損害であると主張することは、かかる場合を規制するため求償の法理が存在することに鑑み許されず、甲としては求償権の行使を以て満足すべきものなのであり、反訴原告らの本件請求は、実はかかる意味での求償権の存在を主張しつつ、その前提となる負担部分を特定しえぬため、これを裁判所に委ねることとして、一応全額の求償という構成をとつたものと解すべきなのである。

四、(求償権の不成立)

(一)  そこで、かかる訴旨であるとして反訴請求の当否を判断するに、共同不法行為者各自の負担する賠償債務は、相互にいわゆる不真正連帯の関係にあると解されるが、一方が共同の免責を得たときは他方に求償しうる。けだし、両方共被害者の損害の発生に寄与している以上、その責任は分担されるの当然であるからである。ただ、両者間に本来主観的関連がなく、両者それぞれ異別の過失ある行為が共同の結果を生じた故に責任が分担されるに過ぎず、本来それぞれに不法行為債務を負つているのであるから通常の連帯債務の場合のように、弁済があれば直ちに共同の免責となり負担部分の割合に応じて求償権が発生するわけでなく、賠償債務全額に対する負担部分を超える弁済がなされて初めて共同の免責として求償権が発生するに至ると解すべきである。そうすると、本件においては、そのような弁済がなされていないことはその主張からも明らかであるから、求償権の成立を前提とする反訴原告らの主張は理由がない。もつとも、本件のように、賠償額を確定すべき本訴の手続と併合され反訴として審理されて本訴と共に判決される場合には、本訴により賠償を命ぜられる額を予定し、それを前提として求償権の範囲を定め、賠償額の支払いと同時に求償権の支払いを命ずることも考えられぬではないが、本訴と反訴との当事者が全く同じでない関係から両者が別々に確定される可能性もあり、賠償額の支払いを命ずる本訴の債務名義が執行されるか否かも確実ではないから、本訴の賠償額を前提にして反訴の判決をすることは、やはり許されないと言うべきである。

(二)  結局、反訴原告らが共同不法行為者としての反訴被告らに対する関係で現在求めうるのは、その各負担部分の割合の確定のみである。右負担部分の割合は、求償額決定の基礎となるべき法律関係であつて確認の対象となりうること明らかであり、本訴の判断に先立つてなした甲・乙車運転者の過失の割合からこれを導きうるものであるが、それを主文にかかげるには請求の趣旨の変更ないし反訴手続における中間確認の訴の提起を必要とする。よつて本件反訴請求は、その余の判断に及ぶまでもなく、これを棄却せざるを得ない。

第四  結 論

以上を総合すると、原告桂子の請求中金二五六万円、原告洋美の請求中金三九一万円、原告二平・同浪子の各請求中各金五五万円、原告尻家の請求中金二万円、原告会社の請求中金二〇万円およびこれらのうち弁護士費用については遅延損害金の請求がないので、原告桂子については金二三三万円、原告洋美については金三五六万円、原告二平、同浪子については各金五〇万円、原告尻家・原告会社については各右全額、に対する、いずれも昭和四一年四月一日(事故発生の後)から完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるから、これを認容し、その余は理由なしとして、これを棄却し、原告船津の請求は全部理由があるから、これを認容し、反訴原告らの請求は全部理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。(倉田卓次 浅田潤一 原田和徳)

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